2009年02月28日

オーライザー、沙慈・クロスロード、発進します!

HUYU君のダブルオーコラムの最新作は、HG オーライザーです。00ガンダムと合体して劇中では圧倒的な強さを誇っている機体ですね。

今回は、ダブルオーライザーの初戦闘のシーンを再現しています。ガデッサとガラッゾはないので、戦闘はお預けです。

4月にトランザムライザーが出るので、こちらで用意してレビューも書きたいなとか考えているところです。

尚、次回作はGNアーチャーとセラフィムガンダムです。お楽しみに。

というわけで、HG オーライザーのコラムをお楽しみください。

posted by ブラック・マジシャン at 22:55| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ホビー&コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月26日

なんという僥倖・・・生き恥をさらした甲斐が、あったというもの!

HUYU君の最新コラムは、グラハ・・・失礼、ミスターブシドー専用のアヘッドです。

当初の予定ではアロウズ側のキットはレビューしない予定だったのですが、バクリュウオーの修理を見事に成しえたお礼ということで私がアロウズ側の機体(アヘッド・GN-XV・サキガケ)をあげたんです。そのうちの1機の紹介となります。

次回は、いよいよオーライザーの紹介となりますのでお楽しみに。というわけで、HG アヘッド(ブシドー専用機)のコラムをお楽しみください。

posted by ブラック・マジシャン at 22:49| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ホビー&コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月17日

語彙項目の意味素性論とプロトタイプ論について

後期の授業で履修した科目である「心理言語学」のレポートをブログに掲載します。

意味素性論を概説せよ
意味素性とは、語の意味を構成している独立的な意味単位のことである。boyとgirlで具体例を挙げると

(1)
boy: [+animate], [+human], [+young], [+male]
girl: [+animate], [+human], [+young], [-male]

boyとgirlは、生きており(+animate)、人間であり(+human)そして若い[+young]。しかし、boyが男[+male]であるのに対し、girlは男でない[-male]。このように、意味素性論は語の意味は独立した意味単位(意味素性)が集束し、成り立っていると考える。

意味素性論の限界を指摘せよ
しかし、この考え方には限界がある。ヴィトゲンシュタインは、”game”を例にして定義的素性(ある概念に所属する全ての語彙項目が共通的に持つ素性)の不確定性を指摘している。というのは、card game, ball game, board-game, Olympic-gameは全てgameという概念に含まれているにも関わらず、それぞれの語に共通項がない。
また、parentsとchildの関係を考えてみると、こちらにはparentが上でchildが下という立場の差が考えられる。しかし、意味素性論では方向性の概念が考慮に入っていないために、必要な素性の概念の数が足りていない。このように、意味素性論で語彙項目の意味を説明しようとすると、限界にぶち当たる。

意味素性論の限界を踏まえてプロトタイプ理論を説明せよ
プロトタイプとは、「ある集合の成員の典型例」のことである。たとえば、日本語において鳥という概念のプロトタイプは「スズメ」である。スズメは翼があり、飛ぶことが出来、小さい・・・などといった鳥の持つ意味素性を典型的に満たしている。この概念を利用することにより、ある概念を典型的に満たすもの(プロトタイプ)と、典型的に満たさないがその成員に含まれる周辺的なもの(鳥を例に挙げるならばペンギンやダチョウ)を階層的に説明することが出来るようになり、意味素性論の問題は解消される。
posted by ブラック・マジシャン at 00:24| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 勉強・学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月16日

生得的言語習得観と用法依存モデルについて

後期に履修した科目である「心理言語学」のレポートをブログに掲載します。

チョムスキーの生得的言語習得観の特徴を概観せよ
チョムスキーは、人間の言語習得を説明するためにはそのための特別な生得的能力を仮定しなければならないと考えた。人間は生まれながらにして普遍文法(UG)が備わっており、それを基にして、外部の入力を受けてパラメーターを設定し、文法規則を習得するという立場をとっている。この普遍文法は、一般的認知能力とは独立したモジュールであり、人間ならば誰しもが母語を身に付けることが出来るとしている。

用法依存モデルの前提を説明せよ
チョムスキーのアンチテーゼとして提唱された認知言語学においては、言語習得の説明を用法依存で説明している。チョムスキーは言語習得の普遍性を解決するために一般的学習能力とは普遍文法を仮定したのに対して、こちらは言語習得の普遍性を一般的学習能力に求めている。言語の習得は、一般的な認知能力である意図の読み取りや、パターン発見を使いながらされると考えているのである。つまり、チョムスキーと違って言語習得を先天的能力に依存するものと捉えてはいない。

用法依存モデルによる言語習得の基本的プロセスを説明せよ
言語習得の学習プロセスは、「個別事例を覚える」→「個別事例を集めて共通性を感知し、ローカルルールを作る」→「更に一般化を進めてグローバルルールを作る」と大まかに分けることが出来る。
動詞goの過去形の習得を例に挙げて考えてみよう。まず、子どもは個別事例としてwentを最初に覚える。しかし、学習が進むに連れて、他の動詞の事例に当たっていくと、動詞の過去形を作るには形態素-edをつければよいというローカルルールに気づく。すると、一時的にgoedといった具合にそのローカルルールを過剰一般化する。しかし、再び事例を集めていくうちに、動詞の過去形には規則的に変化するものと不規則に変化するものがあると気づくようになりグローバルルールに達する。このようにして、個別事例を集めていき、そこから一定のパターンを発見していき文法を子どもは習得する。
posted by ブラック・マジシャン at 00:29| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 勉強・学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

鋼の魔法少女

放置していたなのはコラムシリーズですが、全部おわらさなければ気持ち悪いので、書きました。figma フェイト・T・ハラオウン(バリアジャケットver.)のコラムの登場です。

例によってアニメをほとんど見ていない作品ということで、結構あっさり目に終らせました。次回は、はやてコラムを書くつもりです。

というわけで、figma フェイト・T・ハラオウン(バリアジャケットver.)のコラムをお楽しみください。

figma フェイト・T・ハラオウン(バリアジャケットver.)のコラムへ
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posted by ブラック・マジシャン at 01:55| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ホビー&コラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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