2008年10月11日

モニターモデルについて

前期の言語習得論の期末課題でモニターモデルの復習と新しい知見を得たので掲載しておきます。

モニターモデルの5つの仮説を説明せよ
1、習得と学習の仮説 (Acquisition-Learning Hypothesis)
Krashenは、第二言語能力育成過程において「学習(learning)」と「習得(acquisition)」の2つを区別して考えた。学習は、意識的プロセスであり目標言語について「知る」活動である。一方、「習得」とは学習とは正反対に無意識的プロセスであり、目標言語を実際に使ってみて習得するというプロセスである。Krashenは両者を完全な別物であると考えている。というのは、習得は学習の結果というわけではなく、学習は習得になりえないとしている。

2、自然な習得の順序仮説 (Natural Order Hypothesis)
習得には予測可能な順番があるとする仮説。Krashenは、文法の習得には予測できる順番で行われると仮説を立てた。これは先の子どもの文法形態素の習得の観察で、子どもはある一定の順序の下で文法形態素を習得していることがわかったことから、他の文法事項についても同じことが言えるのではないかと推測して出来た仮説である。

3、モニター仮説 (Monitor Hypothesis)
学習で得た知識は、モニターの役割しか果たさないという仮説。学習で得た知識を元にして、学習者は自分の発話が正しいかどうか発話の前後に確認している。つまり、学習で得た知識は、このようなモニターの役割しか果たさないと考える仮設である。
発話を行うには、言語を「学習」するのではなく「習得」しなければならないと考えているわけである。

4、インプット仮説 (Input Hypothesis)
この仮説は、いかにして習得が行われるかを記している。習得を行うには「理解できる入力」を取り込んでのみ可能であるとしている。つまり、習得を行うにはその目標言語を浴びる必要があるわけである。習得が行われれば、表出はひとりでに出てくるのできょう教師は表出が出るまで理解できるインプットを与えなければならない。
次のステップに行くには理解できる入力より少しレベルの高い事項を与えればよい。この「少し高い事項を与える」ということを、メタフォリカルにあらわすと、これはi+1(i=その学習者が達しているレベル)となる。

5、情意フィルター仮説 (Affective Filter Hypothesis)
学習者の持つ目標言語に対する感情が習得に影響を与えるという仮説。学習者の持つ緊張や不安といった負の感情は、目標言語の習得を妨げるフィルターの役目をしてしまうと言う仮説。ということで、教師は学習者の不安や恐れを下げてやる必要がある。

Natural Approach (Krashen & Terrell)を概説せよ
Natural Approachは上記のモニターモデルを受けてTerrellが提唱し、Krashenが体系化した教授法である。それまでの教授法とは異なり、コミュニケーション能力の育成を目的としているのが特徴である。この教授法の概要は以下のとおりとなる。

1、コミュニケーション能力の育成が目的である
2、理解は表出に先行する。
3、表出はひとりでに出てくる
4、習得のための活動が中心である
5、学習者の情意フィルターを下げる

また、最適な入力についての条件も提唱している。最適な入力を達成するためには、その入力が理解できること、学習者にとって関連や興味があること、文法的に展開しないこと、一定量のインプットが必要であるということ、目標言語に対しての抵抗感を失くすこと、会話を続けられるようにすることがあげられている。

出力仮説の観点からモニターモデルを批判せよ
出力仮説は、Swainが提唱した仮説で、言語の習得のためには理解できる入力のみならず、理解できる「出力」も必要であると提唱している。出力には3つの役割がある。1つめはしゃべることでしゃべることを学ぶという役割。2つ目は、実際に発話することで自分の分が正しいかどうかを検証する仮説検証の役割、そして3つ目は理解という意味的なプロセスから統語的なプロセスへと移行するための役割があるとしている。
モニターモデルの欠点は、出力の機会を与えていないことである。その根拠はImmersion Programにおける学習者の研究である。目標言語を浴びているImmersion Programの学習者は、リスニングの能力は高い数値を示しているのに、表出時の文法の正確性が劣っていることがわかった。これは、理解できる出力が限られているからである。
モニターモデルによれば、理解できる入力を与えさえすれば表出がひとりでに行われるとしているが、そもそもモニターモデルは出力を望んでもいないし、出力を行うための機会も与えていない。そういうわけで、モニターモデルに則った教授法を行ってしまうと、学習者はしゃべることが学べないし、自分の中で体系化された文法を試すことも出来ない。更に、理解するということは言語的なプロセスではなく、心理的なプロセスである。表出することで心理的なプロセスから言語的プロセスに変わるのに、その機会が与えられていないため、先のimmersion programにおける学習者のように正確な発話が出来ない結果になってしまう。よって、入力のみに重きを置いたモニターモデルでは適切な言語教授を行うことは出来ない。

参考図書
小池生男(2003)『第二言語習得研究に基づく最新の英語教育』(第8版)大修館書店
posted by ブラック・マジシャン at 23:59| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 勉強・学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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