2006年02月27日

カードゲームにこだわる私の理由

あんまりカードゲームの記事を書いていないので、思いついたうちに書いてしまいましょうかね。

私は遊戯王OCGを始めたきっかけはやっぱり原作の漫画とアニメにあるんです。その当時カードゲームの知識なんてまったくなかった物ですから、原作の攻防がとても知略を巡らせた物に見えまして自分もこんな風にカードを使ってみたいなあと思っていたんです。特に、遊戯が気に入りまして、遊戯が使ってるカードを優先的に揃えていました。ブラック・マジシャンやらバスター・ブレイダーとか。そんでもって、近所の公園とかで仲間うちでルール無茶苦茶ですがカードを楽しんでいたわけです。

そして高校生になって劇的にデッキのレベルが上がりました。なぜかと言うと、インターネットが登場したんですね。高校の友達もちょうどカードをやっていましてインターネットのチャットでよくデュエルしていました。その頃から、必須カードの概念が生まれてきまして私が強いと思っていた「ブルーアイズ・ホワイト・ドラゴン」とかブラック・マジシャンとかはことごとくザコ呼ばわりです。近所の身内内では持ってるだけで、かなりの強力カードだったんですけどね。その頃の環境は俗に言うスタンダードやヤタロックや1キルが主でした。それで、対抗意識が燃え上がっちゃって自分の使っている遊戯のデッキをもしOCGで使用するならばどんな風になるのかというコンセプトの元でデッキを作るようになって行きます。
そして、一時は頑張って大会に出て見たんですけど結果は惨敗。しょうがないですね。その後も頑張って大会に出ようとしたんですけど、クラブとか受験とかでうまく行かずにくすぶっていました。カードゲームで頂点に立って見たいと言う願望が強かったわけです。
そして、同じ時期に巻き起こった一つの疑問がありました。なんでこんなすばらしい物なのに、やっている事をひた隠しにしようとする人が多いのかなと。私はデュエリストのプライドというものを結構信じているほうでしたので、なぜか自分のやっている物を卑下する意見が気に入らなかったのですね。
そしてそれを覆そうとある計画が持ち上がります。個人的な持論として、カードゲームはコミュニケーションに役立つのではないかと思って大学に入ったらカードゲームしまくって大学論文を書くために、神戸にある国立大学を狙ってたりしたもんです。国立大学生の書く大学論文ならみんな認めてくれるだろうというネームバリューにそった目標で大学受験を頑張りました

紆余曲折の後、志望校には落ちましたが現在の大学へ。そして、大学進学でさあカードゲームやるぞと思っていたら、バイトやクラブなどでできずじまい。しかし、クラブとか学業がとても面白かったのが救いでしたね。クラブは結局色々あってやめてしまいましたが、学業方面ではTOEICで805点取ったり(このスコアが学年トップなので、ある頂点を極めている)英語学概論が異常なまでに面白かったり、留学が決まったりと信じられないくらい成功しているので、カードでトップになろうとかそういう願望はなくなっていきました。結局、私は自分の力が認められる世界を欲しがっていて、それが手に入ったので満足したと言うわけでしょうか。

今の環境はカードもルールもかなり整ってきて良い環境になってきました。特に大会を狙う人にとってはすばらしい環境だと思います。競技と言う面においてはガジェットや黄泉帝やらメタゲームの読み合いやデッキ構築プレイングが高ければ高いほど強くなれる。脱キャラクター化が進んだ結果ですね。原作から入った私には原作のカードが活躍できないのが少し残念ですけど。

しかし、心が痛むのはなぜか自分より弱いからといって他人をザコ呼ばわりする人が出てきたこと。確かに、トーナメントで勝ち進むのはすごいんだけど、そんなことしていいのだろうか?たとえば私がTOEIC805点で成績が上位だからと言って、同じ学部の同級生の人に「お前俺より点が低いからお馬鹿ちゃんな」と言ったらどう思われるか。まちがいなく痛い人間扱いです。しまいには人望なくすでしょうね。

これがインターネットのブログとかで結構見かけるから厄介です。せっかくトーナメントで強いんだから、人望なくすような事やって大丈夫なのかなと思ってしまったわけです。カードゲームは確かにすばらしいコミュニケーションツールになりえるのに、こんなコミュニケーション下手な人が出てくるのが不思議でならないんですね。もうちょっと紳士になれない物かと思いました。

余談ですが、フューチャービー徳島のいけっち店長も私と似たような考えです。彼はカードゲームをこよなく愛していてその愛からか、ものすごい行動力があるんですね。かなり大人な意見なので私は尊敬しています。
posted by ブラック・マジシャン at 02:16| 兵庫 ☔| Comment(5) | TrackBack(0) | カードゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
なんにしてもこういう対人戦のテーブルゲームは人生の縮図ですよね
Posted by かっぺ at 2006年02月27日 04:37
いけっち店長も同じ事言ってますね。
Posted by ブラック・マジシャン at 2006年02月27日 14:18
ご無沙汰してました。
誰かココからウチに来たみたいなんで久しぶりに。
で、なんかお前にしてはマトモな事を…
まぁ当たり前の事なんだがね。
ただ、最近自分もそういうことある。
普通に考えたらわかるじゃん→
道産子はこんなのもわからねぇのプププ
…レッテル貼りも加わって相当痛いな
初心忘れるべからず!
Posted by THRAKT at 2006年03月06日 11:02
初めまして。
遊戯王フロンティアから飛んできました。
以後宜しくお願いします。

いけっち店長ですが、彼のカードゲームに対する情熱、行動力には目を見張るものがありますが、
TCGという商材を扱うに至って商品価値を高めようと値段を高めに設定し、それが当然であるように価値を付与しようとする点が個人的に残念です。

商売人なのですから、利鞘、儲けを高めようとする行為は当然なのですが、それは商品の単価を上げる事で得るのではなく、薄利多売に因って貰いたい所です。

カード単体の価値はあくまで同好の士の間だけのメーカーによって規定される薄氷の様な物ですし、世間的に広く価値が認められ、カードの値段が上がっても多数に多くプレイされる事を望むTCGとはアンチシナジーを醸し出します。

結論を言うとカードゲームは大衆嗜好品としてメインターゲットの子供も簡単に(端的にいえば安価に)手に入るようにしてほしい。実態の伴わない付加価値を上げる事に血道をあげ、安易に利益を追求するな。というスレ違い&無責任な希望です。
Posted by hypo at 2006年03月09日 02:35
いけっち店長の願いは、社会的にカードゲームが認められることですが、プレイヤーが払うコストであるとかも考えると確かに難しそうですね。
でも認められたら認められたで、原作よろしくデュエリストですと自信を持っていえるようにもなりますしね〜。
Posted by ブラック・マジシャン at 2006年03月09日 14:48
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