2010年03月23日

「おられる」は間違った尊敬語の形式か?1

去年前期に趣味で受けた「言語生活論」の最終レポートをアップします。長いレポートになってしまったので章ごとに切ってアップします。

レポートテーマ:授業で議論した事項や他の文献で議論されていることを実際の発話データを元にしながら批判的に考察せよ(枚数・フォーマット自由)

「言語生活論」の授業内おいて、敬語と謙譲語の機能と言語形式について考えた。その中で、私は先生に「日常生活の場で、『いる』の尊敬語として『おられる』」がよく使われていることを指摘した。それを受けて、「おる」を「いる」と表現する地域があるにはあるが、基本的に「いる」の尊敬語は「いらっしゃる」であるという結論が提示された。本レポートは、授業で扱われた敬語と謙譲語の概念と実際の発話や本の事例を比較して、「『いる』の尊敬表現は『いらっしゃる』のみである」という主張を批判的に考察する。

1. 授業のおさらい
1.1 尊敬語と謙譲語Aの機能

尊敬語の機能は、「主語(動作主)を高める」ことにある。具体的に例を挙げると(1)のようになる。

(1) (生徒の発話)校長先生が教室にいらっしゃいました

(1)の場合、「来る」動作を行ったのは校長先生である。当然、生徒から見れば校長先生は目上の人間である。よって、校長先生を立てるために「来る」ではなく「いらっしゃる」という言葉を使用している。

尊敬語は主語を高める機能を持つため、一人称に対しての使用と外部の人間に対して身内の人間を高めることは出来ない。

(2)
(a) *私は、大学を去年卒業なさいました
(b) (取引先の相手に対して)*部長は、朝7時にいらっしゃいます

一人称、すなわち自分や身内の人間を動作の主語にする場合は謙譲語Aを使用することになる。謙譲語Aの言語機能は「主語(動作主)を低める」ことにある。上の例を使用するとこのようになる。

(3)
(a) 私は、大学を去年卒業いたしました
(b) 部長は、朝7時に参ります

このように動作主を下げることによって聞き手への敬意を表すのが謙譲語Aの機能である。

1.2 特殊な形を取る語
尊敬語の形式は、助動詞型と構文型に分けられる。助動詞型は「〜られる」、構文型は「お/ご〜になる」、「〜なさる」、「お/ご〜なさる」、「お/ご〜下さる」という形を取る。「お」と「ご」の使い分けは、「お」は基本的に大和言葉につき「ご」は漢語に付く。

(4)
(a) 先生が大臣をお待ちになる
(b) 先生が私達に英語学についてご説明くださった

しかし、尊敬語には英語における過去形の不規則活用のように上の規則に当てはまらない動詞がいくつか存在する。

(5)
(a) 「言う」→「おっしゃる」 先生がそのようにおっしゃいました
(b) 「食べる」→「召し上がる」 先生は昨日、あんみつを召し上がりました

また、「いる」もこの種の不規則活用に該当する言葉である。

(6)
「いる」→「いらっしゃる」 私のゼミの先生は構文論を研究していらっしゃいます

語彙的に対応する専用の語がある場合、必ず専用の語形を使わなければならない。よって、以下のようなものは文法上誤りとなる。

(7)
(a) *校長先生がそのように言われました
(b) *先生は、昨日あんみつをお食べになりました。

「いる」も対応する専用の語が厳密に決められているため、「いらっしゃる」以外の尊敬表現は存在しないことになる。

一方、動作主を下げる謙譲語Aの形式は以下のようなものが授業にて取り上げられていた。

(8)
(a) 「する」→「致す」 昨日、私は夜10時に宿題を致しました
(b) 「言う」→「申す」、「申し上げる」 先生に私の考えを申し上げました

授業資料においては明記されていなかったが、私が質問したときに先生は「いる」の謙譲語Aの形式は「おる」であるとお答えになった。

(9) 生成文法理論については、私は反対の立場を取っております

このように、尊敬語には動詞を規則的に当てはめればいいものと、専用の語形を持つものが存在し、謙譲語Aも一定の語形が存在することが授業で提示された。

1.3 「おられる」は何故尊敬語ではないのか?
上記の理論によれば、「いる」の尊敬語は「いらっしゃる」という専用の語形があるので、その時点で「おられる」はありえないということになる。しかし、それだけではあまりに短絡的なので、ここでは語形と機能の両方の観点についてもう少し細かく「おられる」を考察してみたい。

まず、語形については文法上何の問題もない。「おられる」の語形は、動詞「おる」の未然形に尊敬の助動詞「・・・れる」が付いた形となっている。これは日本語の文法においては理にかなった形である。

(10) 「おる」+「・・・れる」→「おられる」

しかし、問題になるのはその機能である。まず、「おる」は「いる」の謙譲語Aの語形で動作主を下げる機能を持っている。その動作主を下げた状態で、尊敬を表す助動詞「・・・れる」が使用されると、いったん動作主を下げておきながら、また動作主を上げるプラスマイナスゼロの状態になってしまう。つまり、相手を下げたいのか上げたいのかわからない。よって、「おられる」は機能面から見ると存在し得ない言葉となってしまうわけである。

(11) ?/* 私のゼミの先生は構文論を研究しておられます

ただし、西日本では「おる」は「いる」のバリエーションとして捉えられており、謙譲語であると認識されてはおらず、その地域については「おられる」が通用すると、先生は授業の中で指摘されていた。そういうわけで、おそらく先生は授業資料に「おる」をあえて明記されなかったと考えられる。

posted by ブラック・マジシャン at 03:03| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 勉強・学問 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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