2005年01月12日

反応への反応

なにやら、黒板ぽさんを通して他のサイトでうちの記事が取り上げられたそうなのでそれへのレスポンスでもやりましょうか。

バーチャルネット思想アイドル やえ14歳さんは「『思想』という言葉がどの程度の事柄を指し示すのかによって変わってくる」との答えでした。全体的に納得させられる文章で、良い参考になりました。

イスラムの自爆テロをやる理由が、「自分たちの尊厳を著しく傷つけた。」と言う点を考えると、命を投げ捨ててでもテロリズムを敢行するのは納得できます。結局のところ、自分たちが人間以下の生活を強いられると言うことは半分死んでるようなものですしね。それに立ち向かおうと言うのは、納得できます。

彼らの自爆テロへの考えのひとつは、「命は大事。だからこそ、それを他人の手に委ねたり蔑められたりしたくはない。そうなるくらいなら死んだほうがマシ」すなわち「思想」(尊厳など)が大事ということでしょうか。
そういえば、「勇者 エクスカイザー」(実はこんなスピーチを書こうと思ったきっかけを作ったアニメ)の最終回でも親玉のダイノガイストは逮捕されて、生きながらえるよりも、死を選びました。主人公のエクスカイザーが「どんなに小さくともこの宇宙に存在する命は宝だ」(この台詞で今回のスピーチを思いつきました)という台詞に対しダイノガイストは闘いに負けた後、「命は宝だと?ならばこの命、貴様にやるわけにはいかん」といって太陽に身を投げたという話でした。ダイノガイストは自分が自分として生きるための「尊厳」を選んだわけですね。そこのところに通じるのではないかと思います。

生きるうえでは、「生きる権利」だけではなくて尊厳であるとか、生きるための他の権利であるとかが必要となってきます。たとえば、捨てられた赤ん坊に「この子には生きる権利がある」とか言っても、誰かが保護して養わないと、結局は死んでしまいます。人権の英訳はhuman rightsなんですが、right"s"とに複数形になっています。これは人権と言うのはひとつではなく、「教育を受ける権利」「屋根のある家に住む権利」などのたくさんの権利が集合してなる物だからだそうです。

こう考えると、「生きるとは何か?」と言う問いになってしまいますね。非常に哲学的。なかなか答えは出ませんが、スピーチでの良い参考になりました。お礼にサイトリンクを貼らせていただきます。
私は、早とちりしたり考えが追いつかなかったりして、言わんとしている事を履き違えてしまうことがある(今回も履き違えてそう)のですが、スピーチに生かそうと思っております。

この様に、私は読者との対話式で物事を考えると言う方向でブログを運営しています。
学問の基本である「問い学び、学んで問う」と言うことをやりたいわけです。良くても悪くても反応があってくれるとうれしいので、コメント欄にコメントしたい人は反応してください。

ブログって面白いですね。
posted by ブラック・マジシャン at 00:44| 兵庫 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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