2006年05月30日

結局は人間

昨日の議論の続きです。

Hataさん(2006)の「結局は、杞憂。」の記事によると、「自分の持っているカードがあればよいという層は、ネットで深い知識を得ようとしないし、大会にも出ない、なぜなら身内だけでワイワイやるものだからだ」と言っています。しかしながら、これは部分的に正しく、部分的に間違っていると思うので少しばかり反論します。

うちのSGCでは、小学1年生くらいの男の子でお父さんとカードをしにきている子もちらほらいます。お世辞にも強いデッキとはいえないのですが、自分の持っている通常モンスターを装備カードとなどで強化して何とか戦おうという意思を持っています。もちろん、勝ちたいと思っているのです。自分が持っている知識とカードを最大限活用し、考え出されたデッキです。プレイングもたどたどしいですが、一生懸命頭を使ってがんばっています。
もし、自分の環境に満足しているのならば、この子は大会には出ないはずです。しかしながら、出ています。それどころか、お父さんに話を聞くと、遊戯王が好きでカードはそろわないけど、1年以上お兄ちゃんらと大会に出ているそうです。

このハタさんの議論ではこの事実を説明できないので、私は周りの人間を見てこのような仮説を立てます。

カードゲームで得られるのは、勝利だけでなく、人間との交流である。その人間との交流を広めていきたいから、カードゲームをしているのだ。

この子は大会に出ることで、自分より少しばかり上の年齢層や自分と同い年の年齢層の人のみならず大人とも、カードを通じてコミュニケーションを取ることになります。ゆえに、この子はそういった人とのふれあいがほしいのだと思います。。もうちょっと端的に言うと、友達がほしいわけですね。だから、いくら負けようが大会にも出る、カードが少なかろうと一生懸命がんばる。そうすることによって、仲間ができるからです。

しかも、SGCの人々は優しくて、そういった子を馬鹿にはせずに仲間として歓迎しています。また、大会方式もスイスドローですから、回を追うごとに自分にあったレベルの人と戦えるようになるのです。これがトーナメント方式の大会だったら、負ければ1回戦終わりで、すぐその子にとっての大会は終わりです。しかしながら、勝とうと負けようと4回以上試合ができますから、それだけ友達が作れるのです。ついでに、レベルも調整されるので勝てるチャンスも生まれると。うまいシステムですね。

何度も言っていますが、目先の勝ち負けももちろん大事です。しかしながらそれ以上に人間も大事です。勝っても人がいなければ、誰もその勝利に対して賞賛してくれないでしょう。人がいなければカードもできません。それだけ人間は大事なのです。

そして、この記事ではなかなか良い点を指摘しています。それは友達を出し抜いて一歩先に行きたいという考え方です。

これは誰しもが考えることです。しかし、よく考えてみてください。この考えがとても強いのが今のトーナメントプレイヤーです。友達どころか、自分の地区内にいる人間、県内の人間、そして日本、さらには世界の誰よりも一歩先に行こうというように規模が広まっていきます。人間ですから「欲」が出るわけですよね。

それは当然の話なんですが、その欲のために良くないことがおきています。すなわち、悪いトーナメントプレイヤーとされる人は他人を馬鹿にし、自分が勝てばよしとカードをシャークしたり、不当行為を行ったりして、結局はいがみ合いを生んでいます。負けた側も、もちろん勝ちたかったでしょうから文句を言ったりして、いがみ合いをさらに拡大させています。すごい悪循環です。こんな環境が良いものといえるでしょうか?

つまりは、欲のために周りの人間のことを見失っているということです。誰よりも上に行きたいのは誰だって考えることです。上に行くことで優越感が生まれます。目標が達成できて、周りもほめてくれたら誰だってうれしいです。

しかし、その優越感を求めすぎるあまり、他人を大事にしてないんじゃないか。他人は単なる踏み台としか思っていないんじゃないか。私はそう思えてならないのです。欲にまみれた人間ほど、悲惨なものはありません。だからこそ、人間をもっと大事にしなさい、他者を尊重しなさいと提案しています。

もう一つ、面白い意見があります。それは「楽しむためには知識は要らない」ということです。

私はそうは思いません。なぜなら、楽しむためにこそ、知識は要るからと思うのです。たとえば、私がこのゲームを始めた直後ではハウスルールが主なルールでした。つまり、他の人間がそのハウスルールを知らなければ衝突が起きます。これは、他の細かいルール裁定でも一緒ですね。やっぱりこういったこともいがみ合いの種です。だから、誰しもある程度の知識は必要です。

おそらく、これがさしているのは「深入りした知識」でしょう。それは年を追うごとにどうせ増えていきます。その過程で汚い部分も見えてくるでしょうが、だからこそプレイヤーとしての姿勢、考え方、信念が問われると思います。
自分はなぜこのゲームをやっているのか、本当に好きなのかどうかを良く考えなければならないのです。少なくとも私は、このゲームが大好きです。不満もないことはないですが、楽しくやれています。友達が作れるし、いろいろな出会いが待っていますから。それを求めて、国外にいよも暇があれば大会にも出てますし、世界戦を勝ち抜こうという人のために情報も流しています。同様に外国の人にも日本のすばらしさを知ってもらうため、情報を流しています。

一度我々も考え直す必要があるのかもしれません。また、楽しみ方は千差万別なんですから、他人を否定することはやめてほしいですね。そして、上級者や古参プレイヤーは後輩のために、楽しく真剣にゲームを作ってあげるよう努力すべきです。だから、結局は人間がしっかりしないといけないわけなのです。

Reference
HATA.,2006.,結局は、杞憂.,Direct Attack[online].,Avalable from http://hata.yugioh-portal.net/sb.cgi?eid=110 [Accessed on 30 May 2006]
posted by ブラック・マジシャン at 00:04| シドニー | Comment(5) | TrackBack(0) | カードゲーム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
人間をもっと大事にしなさい、他者を尊重する提案の意味についてもう少しご意見聞かせて欲しいです。
正直私は人間性を疑われますが、自分の目的のためなら他人を踏み台にしてでも進んでいくという価値観を持っている人間だと思っています。
ただ、それでもTCGをやっている時は他者を尊重する必要があると思います。
TCGにおいてシャークする罵倒するという行為により、将来のトレード相手がなくなります。
交換は価値の等しい二財間で行われる。どちらかが一方的に損をすれば、いずれは交換が成立しなくなってしまう。
人間関係が悪くなればライバル・調整相手が減ります。
デッキ構築やプレイングの向上には、優れたスパーリングパートナーが必要です。
「友達を出し抜いて一歩先に行きたい」という気持ちでお互いが切磋琢磨していく環境が望ましいことを知っています。
TCGは一人じゃできないから一緒にやる人を大切にする。その輪の延長に他の国の人も尊重するという考えがあると思います。
なぜ人間をもっと大事にしなさい、他者を尊重しなさいと提案するのかということ
また聞かせてください。
Posted by 55 at 2006年05月30日 23:19
他人を尊重するというのは、これからどんな場面にも必要になってくると思います。

これからはよくグローバル化だとか情報化だとか言われています。つまり、いろいろな人間が日本にも入ってくるし、我々も世界に出て行く必要が出てきます。さらに、世界規模でおきていることも情報化のおかげで簡単に入ってきます。日本の情勢も出て行きます。

しかし、日本の文化は歴史的背景とか地理的背景から、なかなか外に寛大になれずによくいがみ合いを起こします。それは、他者が怖いとか自分が否定されるかもということからおきると思います。そこから、差別や偏見が生まれたりします。

しかし、私は国外に出ていろいろな人と出会ってきました。私がであった人々は私に親切にしてくれましたし、意見や価値観を尊重してくれました。この国は、いろいろな文化が一つの国に集まっています。
ということは、いちいち自分と違うからと全員が全員差別してしまうと、争いが頻繁に起きて国が成り立たなくなります。

そういった状況にならないためには、自分はすばらしいと自信を持つ。そして、同様に他人もすばらしいんだと考えを持つのです。

これが私の言う個性の尊重です。もちろん、相容れない価値観とかも存在します。しかしながら、そういう価値観もあるんだということを認めるんです。問題が起きるようなら、話し合ってお互い譲り合って尊重して問題を解決するべきなのです。
Posted by ブラック・マジシャン at 2006年05月30日 23:36
イスラムの過激派は、自分たちの価値観を絶対視するあまり、他の価値観を認めません。結果それを排除しようとします。それは争いしか起こしません。

日本人も、そんな風になる危険性があります。日本人はステレオタイプに弱い、つまりみんながこう思ってるから正しいといつも考えがちです。少しでもそれに外れると恐怖を覚えます。そしてそれを排除しようとします。

これもやっぱり差別を生んでしまいます。だから、話し合わないとだめなのです。常に考えて、他人の良いところは取り入れ、問題の原因となるところは改めるんです。議論はそのためにあるのです。

個が認められるには、まず他の個を認めなければなりません。お互いがお互いを否定すると、結局どちらかの個が否定されます。それもやっぱりいがみ合いしか生まれません。だから、他人を尊重する必要があるのです。
Posted by ブラック・マジシャン at 2006年05月30日 23:43
社会というのはどの道、人間が集まって作られています。個が集合して社会を形成しているんです。

今、日本では個人主義がどうだこうだ、個性の尊重がと言われていますが結局は自分のことしか考えていないのですよ。自分の個性だけ認められれば良いと無意識に思っています。
しかしながら、自分の個性が認められたいのならば、相手の個性も認めなければいけません。個人を認めなければいけません。

だから、自分の利益を守りたいのならば、相手のことも尊重しなさい、他人を大事にしなさいと提案しているのです。

もちろん、こういったことはいきなり変えられません。だから、みんなが常に考えて話し合う必要があるのです。
Posted by ブラック・マジシャン at 2006年05月30日 23:50
返信遅れてどうもすいませんでした。どうもご意見ありがとうございます。
普段自分と価値観が違う存在を他のものをして排除する傾向がありますが、社会に適応するためにもまず認めることをしていこうと思います。
Posted by 55 at 2006年06月01日 11:50
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