2007年06月29日

自己反省

教員採用試験に向けて、自分がどういう人間か、突き詰めて考えようと思います。今回は、主に自分の欠点について考えようと思います。

自分を押し売りしようとするところ
最近、哲学の授業で「生の消費化」という話を聞きました。大量生産、大量消費が当然となった現代社会に住むわれわれは、物を「消費」することにのろわれているという話です。

そして、我々は、「他人に自分を消費してもらうことで生きている」ということ。会社がその典型例です。「自分はこれこれ、こういうことが出来る」ということを、会社にアピールし、会社に雇ってもらってお給料をもらって生計を立てています。つまり、「自分を売っている、商品にしている」というわけです。そして、その商品である我々は少しでもお客様(他人や会社)の機嫌を損ねて捨てられると、生きていけない。だから、いろいろなものを着飾って、「よいもの」に見られようとするわけです。

結局のところ、「見栄」の正体はこれなんです。商売というメタファーを使うと、見栄を張ることは、自分を「宣伝」すること。「他者より優れているから、俺は偉い。」、「高値で取引されているから価値がある」「だから俺を買ってくれ。」こういうスキームなわけですね。

よく考えると、私は自分より少しでも強そうだ、もしくは強くなりそうだという人とよく張り合います。特に身近にいる年齢が近い人に対しては、競争意識が倍増。さらに、年下で自分より有能というのは許せません。はっきり、本心を打ち明けると、敵です。叩き潰す対象です。

自分でも何故そんな考えになってしまうのかが、わかりませんでした。でもそれは、自分を多くの人に消費してほしい。だから、自分より強い人を打ち負かして価値を証明しようとしているわけです。(自己成長のためというのもあり)

そして私の場合は、それをやりすぎる。少しでも他者より良い点を作り出そうと、自分が受けている授業では優を取り続け、そのために授業内容を深く理解し、かつ一撃必殺で覚え、さらにさらにTOEICで良い点を取るんだという発想になります。

さらに、採用する都道府県が人間性を重んじるといわれれば、求められる人間性に自分を仕立て上げる。これで、自分は立派な教師ですよということを宣伝しなければならなくなり、かつそうあり続けないといけないわけですね。

これを日常でも出してしまうから、敬遠されてしまう。確かに、自分を宣伝することは、大事なこと。しかしながら、やりすぎは「押し売り」になってしまって、逆に客足を遠のけてしまいます。そのことをわかっていない。

自分が納得できないと気がすまない
1年前に、「議論は新しいものを作ること」ということを思いつきましたが、私の議論の仕方での最大の欠点がありました。それは自分が納得するまで、延々と議論し続けようとするということです。

つまり、ある程度で理解しておしまいにして置けばよいのに、ある人の意見を骨の髄まで理解してしまって、自分のものにしようと貪欲になるので、議論が末梢的になおかつ、深く深く掘り下げようとします。しかも、自分が納得できるまで延々とやろうとします。

これでは、時間もかかってしまって非効率な上に、かいつまんだ話が出来ません。Academic Writingでは、そうあることは大事です。しかし、日常や会社の面接でこのようになってしまうと、うまく行かないということです。

さらに、価値基準がそういうところに置かれているので、(自分にとって)意味のない話は好きではありません。だから、社交辞令的な表面上の話はしたくない、世間話はしたくない。結局、話をわかってもらえて、自分の心の許せる、深い話のできる友達としか話さない。だから、友達のネットワークが広がらないということです。

本心でぶつかろうとする
上と関連して、私は「建前」という言葉がはっきり言って、好きではありません。もちろん、社会というシステムを円滑するためには必要なものということは、頭の上ではわかっています。

しかしながら、小説やドラマやアニメのキャラクターたちが本音でぶつかり合っているのを見ると、我々は憧れを抱きます。そのようなもにあこがれる私は、それを現実でもやろうとする。そして、人と上手く付き合えない。

しかし、よく考えてみると何故、我々がそのようなドラマに憧れを抱くのかというと、現実ではそれが出来ないからです。いつもいつもそのようなことが出来ていれば、それは憧れにはなりません。実践しても、うまく行くはずがないのです。

現実では、本心でぶつかれる人が、ほんの数人生きているうちで作れればそれでよい。そう考えておいたほうが、よいのでしょうね。

私は建前が嫌いです。最近になって、この人は本心ではどう思っているのだろうか本当に気になります。褒められても、この人はお世辞を言っているのではないかとかんぐってしまいます。本当に知りたいのは、ありのままの相手意見なのですが。心から褒めてもらえたとき、初めて心が落ち着くんですよ。

だから、自分は純粋であろうとします。実際に、大学生になって、留学したときですらも「貴方は純粋ね」といわれました。アニメやドラマでは純粋なキャラクターがしばしば、主人公になります。確かに純粋であるというのはいい事なのですが、建前で動く人間関係の中では危険性もはらんでいるということです。

建前だらけの中で、本当の自分はどこにいるんでしょうか?わかりません。だから純粋であり続けたいのですが、どうも失敗しているようです。

(無理なのに)全能かつ最強であろうする
ご存知のとおり、私はロボットアニメが大好きです。特に、合体することで強くなっていくロボットがすきなのですが、それは実は表題のようにあろうとするからではないかと思い立ったのです。

たとえば、エルドランシリーズの「キングゴウザウラー」。あれは、いたるところにミサイルやらビーム砲があるし、剣も使えるし、空も飛べます。さらに、必殺技も使って、悪者をやっつけます。このように、何でもできる「スーパーロボット」になりたいというわけです。

わかりにくい人は、野球で考えてください。私がなりたいのは、常にホームランを打って、剛速球を投げて、どこのポジションにいても確実に守れる究極の選手です。

上の話はあくまでメタファーですが、出来もしないのに、そうなろうとしているわけです。

もし、勉強ということで話を進めると、TOEICで高い数値を出す、通訳理論でも高い成績が取れて、意味論の授業でも高い点が出せる。さらに、文学の考察も出来るし、英語でない授業に関しても高い点数が取れる、ある意味で究極の学生になりたいと考えているわけです。

しかし、現実問題そうは問屋がおろしません。私がやろうとしていることは、自分より何段も上のことです。これではドンキホーテ。つまり、自分の身の丈が理解できていないというわけです。
実際、そうあれればいいですが、無理です。無理なものをムキになってやろうとするから、破綻するわけですね。

尚、さっき消費の話をしましたが、このスーパーロボット、もしくは野球選手の商品価値は「最高級に高い」です。そうだったら、スーパーヒーローということで誰からも支持を得ます。そしてより多くの人間に自分を消費してもらえる。そういう考えでいるから、こんな無茶な発想を、ムキになって実現しようとするのです。

知識を武器としてしか使わない
最近の私は、人生を「戦い」というメタファーで説明しています。死ぬまで戦い続けて、勝ち続け、自分の商品価値を高め続けなければ生きていけない。そのために、力を得ようとします。

その力を私は「知識」と思っているのですが、実はこれを誰にも彼にもかまわず振り回してしまって、人を知らぬ間に傷つけてしまう。自分の障害を壊せばいいだけなのに、その際に周りにいる人にも二次災害が起きてしまうということです。

知識はあくまで「道具」です。人の役に立つためにあるのであって、何も傷つけるためにあるわけではありません。

本当は、誰も傷つけたくないのですが、人生を「戦い」と考えてしまっている私は、無意識に他人を攻撃しているということです。

本当は、知識という道具をみんなで共有して、役に立つという発想が必要だということですね。でなければ、正義のヒーローも単なるメイワクな存在になってしまうということです。「武器」として使うにしても、みんなを守ってあげるという発想でないと・・・ということです。

いっぱい持っている道具を適材適所に使えない
上に関連した話になりますが、今まで私は自分の英語力をより高めようとしていました。そのために、大学の授業で一生懸命になって道具を手に入れていっていたのです。

しかし、私は道具をいっぱい持ちすぎて、全部使おうとしてしまう。つまり、道具を状況に合わせて選んでいないということです。

さっき、武器の話しをしましたが、私がやっているのは火薬庫が近くにあるのにミサイルを、一面にぶっ放しているようなものです。これでは二次被害が出て、下手すると自分もダメージを受けてしまいます。

さらに、道具を持ちすぎて動けていないというわけです。ちょっと、喩えを変えて服で考えると、どんな状況にも対応できるように、たんすを背中にからっていると考えれば良いでしょう。これでは、何も出来ないのは当然でよね。重武装はかえって、役に立たないということです。

現実をドラマと勘違いしている
書いていっていくうちに気づきましたが、私は、「主人公」になろうとしています。つまり、ご都合主義的に物語が進むのが当然と考えているわけです。もうちょっと言うと、私の発想は常に空想の物語的であるということ。もうちょっと、現実を見ましょうねということです。

頭でっかちになってしまって、行動が伴わない
以上、色々考察しましたが、考察しただけで止まってしまって上手く実践できません。ということで、以上の欠点を改善するよう努めていきたいと思います。
posted by ブラック・マジシャン at 23:59| 兵庫 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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